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  • 2016.07.24 Sunday

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    お別れ 1

    • 2016.07.16 Saturday
    • 01:45

    7月10日朝1時過ぎ、

     

    寝付けず、携帯に目をやると

    ちょうど電話がかかってきていた。

     

    消音にしてあるから音はしない。

     

    電話の主は妹だった。

    ただ眺めていた。

    出たくなかった。

     

    何かあるとわかるということは

    祖母の時に体験済みで知っていた。

     

    昨日参加した講演会で、

    講演者の方を父と一瞬見間違えた。

    実際には、眼が2つ、鼻と口が1つぐらいの

    レベルでしか似てはいない。

     

    黙って荷造りを始めた。

     

    こんな時間に電話がかかってくる理由は

    ミスタッチか、もうひとつしか浮かばなかった。

     

    今度は彼女からLINEが来た。

    そこにはミスタッチでではない方の理由が書かれていた。

     

    父が逝った、と。

     

    彼がアルツハイマーを患って8年経つ。

     

    数年前からは私のことも誰だかは解らなくなっていた。

     

    そうなってからは、

    暫く一緒にいるとなんだか気の合う人として

    新しい友達になることができた。

     

    そして、あまり期間を空けなければ、

    更なる関係性を築くこともできた。

     

    心配をかけることもなく迎えてもらえるこの関係は

    私にとって有難いものだった。

     

    私は彼の細くなった手足をさすりながら、

    勝手にしゃべったり、話しかけたりして過ごす

    時間が好きだった。

     

    数時間居ると電気がつく瞬間に遭遇できることもあり、

    そうなると父は自分から話したり、笑ったりもした。

     

    アルツハイマーが進行すると

    感情を、本心を隠すことはできなくなる。

     

    父もレイヤーがどんどんはがれ、

    最期の核がむき出しになった様な状態で生きていたけれど

    彼の中心にあったものは驚くほど穏やかで、そして、優しく、

    それは彼が生涯第一印象として人様に与えていたものと

    何ら違いがなかったことは私達家族の救いだった。

     

    今年になって父は酷く弱った。

     

    大切にしていた歯を治療ができないからという理由で

    抜くことになったことも大きかったように思う。

     

    私も行ったり来たりの生活に疲れが出てきていた。

     

    春に検査入院した矢山クリニックの診断で

    気になることを言われたのが決定打となり、

    仕事を大幅に減らすことを決め、

    そうなると九州に来ることは

    ほとんどできなくなると父に伝えたのは

    今年の4月のことだった。

     

    その時の父の表情は忘れられない。

    驚くとか、悲しむとか、そういったものではなく、

    むしろ、ほっとしたようなそんな表情だった。

     

    そして、彼は言った。

    ”あんまりねぇ・・・”

     

    口癖だった。

     

    その続きはその日何度尋ねても教えてもらえなかったけれど、

    結局、これが私への最後の言葉となった。

     

     

     


     

     

     

     

     

    リアル

    • 2016.06.11 Saturday
    • 23:36

    みなさま、ほんとうに長い間
    ご無沙汰しております。
    5月末に大きな転機を迎え、
    また違う展開を楽しむこととなりました。

     

    やる!やめた!
    やっぱりやる!

    ここ何年にもわたって
    極端に自分勝手な時を過ごせたのは

    何にも持ってなくても、

    何にもしなくても、

    変わらず想ってくださる
    みなさまの存在を、
    温かさを、
    いつも感じられていたからに他なりません。

    すっかり甘えてしまいました。

    何とお礼を言ったらよいのか
    言葉が見つかりません・・・。

    何から何まで
    ありがとうございます。


    寿ちゃん(メスの亀さん)がビオトープから消えた日、
    私は頭が真っ白になったままこのブログに向かっていました。

    その後、彼女は戻って来てきてくれて
    私の手の中で逝きました。

    あれからもうすぐ1年。
    喪明けとは良く言ったものですね。

    その時のコト、
    そこに至るまでのコト
    書く気になりました。

    長くなるので
    お時間のある時に読んでいただけたら幸いです。

    自分を生きていなかった長すぎる時間のお話です。

    ============

    ずっと長い旅をしていたようです。
    それは、ある感情を右足首に閉じ込めるという
    行為から始まりました。
    中学生になりたての頃のことです。

    まさかこんな長旅になるとは・・・(^_^;)。

    私は自分の人生を映像の中の出来事のように、
    傍観しているようなところがあり、
    その為、ココロから嬉しくもなく、ココロから悲しくもなく、
    の日々を過ごしてきました。

    それでも日常生活は問題なく送れるような仕事に就き、
    万事うまく行っていたのだと思います。

    そんな日々にはっきり違和感を感じることになったのも旅でした。
    2008年のスペイン巡礼です。

    嬉しくて、美しくて、悲しくて、
    と、ともかく泣いてばかりの旅でした。

    その後、日本に戻ってからと言うもの
    導かれるように日々目の覚めるような体験をしながら、
    笑い、つまずき、
    初めて何の後ろ盾もなく
    人生を味わうことになります。

    昨年の亀さんのことは、
    ある意味クライマックスのような出来事でした。

    今、リアルをやってるんだ!、
    はっきり自覚させられたのです。

    いやなことは嫌と言う。
    やりたくないことはやらない。

    そうやって過ごしてきた経験が少ない分、
    上手に出来なくて、酷い結果を招くことも、
    ご迷惑をかけてしまうことも多かったですね。

    その先に何があるのかはわからなかったけれど、
    想定外に起こることひとつひとつが
    大切なプロセスなんだと言うことは理解していました。

    何かに気付くたびに、
    人生のターニングポイントを一緒に過ごした人が現れました。

    また、まるで私が足首に埋めた感情のみを大切に生きているような人や、
    60歳まで社会とのつながりと絶っていた人や、
    遂には自分にそっくりな人とも出会うことになりました。

    そんなこんなを経て、
    自分に還る、
    内なる自分と向き合う、
    そんなことはもういいなと思うに至り、
    自分を生きていなかった長すぎる時間の存在を認めました。

    人生を決めるのは自分
    自分らしく全うしていくことはできる」
    と、私はこのブログの中で映画を介して書いています。

    自分に言っていたんですね(^_^;)。

    私は私の人生を生き始め、やっと「心地良い」を
    見つけたようです。

    今、とても心穏やかで幸せです。

    これからは、
    ほしいものはほしいという
    そんな人生にしていきたいと思います。

    これからも、どうぞよろしくお願いします。


    私のゲーム

    • 2015.07.22 Wednesday
    • 20:05
    「あなたがいま生きている3次元の世界は
     あなたが作り出しているゲームです。
     全てはあなたの思った通りになっているだけです」


    2000年の夏の夕暮れ時、車の中で眠気覚ましにつけていた
    ラジオからこのような話が流れてきた。

    え〜、っと思いながら交差点でハンドルを切った。

    その瞬間のことを、
    何度思い出したか知れない。

    そして、ちょうどこの話がラジオから流れてきた
    その場所に、今年の4月から住んでいる。

    ハンドルを切った交差点を毎日のように通り過ぎる日々。

    この15年の間に、
    そんな気もしないでもないと思うようになっていた。

    今朝は何かが変だった。

    いつものように庭にあるビオトープに亀さんたちを連れて行くと
    そこにはメダカさんの姿がなかった。

    そして、水が少し濁っていた。

    あれ?と思ったのに、
    それなのに、
    その中にいつものように2匹を放った。

    掃除が終わり様子を見に行くと、社長がすぐに浮いてきて
    私にぺたーと寄り添ってくる。

    抱き上げて、

    もう帰るの?

    と聞くと帰らないと言う。

    1年ほど前からイヤイヤができる。

    もう一度放つ。

    そして数時間後、迎えに行くと
    またすぐに社長は浮き上がってきた。

    まず彼を引き上げ、もう1匹、寿ちゃんを探す。

    探しても、
    探しても、
    ビオトープをぐちゃぐちゃにぶち壊して
    探しても、
    彼女はいなかった。

    メダカも1匹もいなくなっていた。

    彼女が特に気に入っているお隣の大家さんの庭に
    訳を話して入れて頂き探したけれど
    そこにも彼女の姿はなかった。
    正直、深い甕の中から自力で脱出するのは不可能に近い。
    わんぱく社長でも出たことはないのだから。


    今夜は社長もご飯を食べない。
    わたしも食べないよ。

    昨日、寿ちゃんにお腹いっぱい食べさせなかったことが悔やまれる。


    私の思った通りになるのであれば何も問題がない。
    寿ちゃんが戻ってきてハッピーエンド!
    泣く必要なんてないわけである。

    彼女は1か月食べなかったこともあるし、
    不食の時代到来の様だしね。


    ちょうど4年前
    台湾のある先生の指示により
    亀さんを2匹飼うことになった。

    お店の入り口の位置が悪いと言うのだ。

    「毛のない動物なんて無理。
    だいたい亀なんてどこに売ってるの???」

    と当時ハマっていたTwitterでつぶやいてみたところ

    ”デパートの屋上”
    ”ホームセンター”
    ”縁日”
    と知らない方々から続々とコメントがやって来て驚愕した。

    そして、その中に
    ”中野の専門店”
    というものに目が留まった。

    日本に戻り、その専門店とやらを訪ねてみると
    年に一度の大セールをやっていて
    「一番大きくならない種類のカメはどれですか?」
    と尋ねたら
    「これです」
    と言われたので、
    ミシシッピーニオイガメを2匹買って帰って来た。

    セールにはなってなかった。

    良く食べるオスを社長(満福ちゃん)
    メスを副社長(寿ちゃん)と名づけた。


    寿ちゃんは自分の名前をすぐに理解した。
    彼女は小さいが抜群に頭が良く、
    慎重で、繊細で、小さいころは体が弱かった。
    2歳になる頃までは頻繁に病院通いをした。

    社長は???
    名前なんて言うものには全く興味がないご様子。
    彼はとにかくいつも自然体で、
    それがけっこう面白く、
    亀とは思えないほど表情も豊かだ。そしてやさしい。

    寿ちゃんが具合が悪くなるたびに社長は彼女に頬ずりをし、
    いつも奪い合いしているお気に入りの寝場所を譲ってあげていた。

    そうやって日々観察しているうちに
    なんだかんだ言っていた私も
    彼らと深く深く心を通わすこととなり、
    いつしか最愛の家族となった。

    社長さんは今まで一度もひとりで寝たことがないし、
    甕が、ハウスが、ひとりには広すぎる。

    もう夜も暮れ、それでも、
    懐中電灯を付ければ探せるし、
    と思ってまた外に出てしまう。

    水がないと困るかもと
    あちこちに水場を作ってしまう。

    これがゲーム?
    私が作り出したゲーム?

    数日前夢の中でも彼女はいなくなった。
    その時の犯人は覚えているが、
    ハッピーエンドだったので気に留めてなかった。

    ラジオの主は、
    「本当の世界は夢の中」
    と言ったのだった。

    今、そのことについて考える余裕はないけれど。

    だいたいなんでブログ書いてるんだろう。

    きっと頭が書いているんだね。

    ココロはもう何もできないから。










    カタカムナ三昧な2日間

    • 2015.06.14 Sunday
    • 13:45
    6月9・10日

    カタカムナ三昧の2日間。


    遂に、みっつめまで受けることができ、
    もぉ、うっとり。


    今回は、お茶会〜氏名(使命)の紐解き〜
    だけ担当させてもらったり、
    ちょっとだけコラボ。

    「あっ、それは嫌!

    と即答することが、

    向いているコトで、

    得意なことだよ」

    と言うアドバイスがとても深く残った。

    お隣の人へのアドバイスだったのだけど、

    その方の隣に座ったことにも意味がある。

    まるで私に向かって言っていたような・・・。

    即答するくらい嫌なことが

    頭の中をグルグル〜。





     

    時を重ねて・・・

    • 2015.06.08 Monday
    • 15:13
    6月7日(日)

    今日は上尾のお漬物屋さんで
    10年物の糠床を分けて頂いての
    MY糠床作り。

    スペイン巡礼で知り合ったここの次女ちゃん。

    彼女はその巡礼中に家業を継ぐことを決め、
    ちょうどその場に居合わせた私。

    今日はその彼女が糠床先生。

    喋りまくって見事ぴったり1時間で講習終了!

    漬物バーガーなるものも開発してた。

    斬新なお味にイタリア留学もしっかり生きてる。

    もう感無量な私!

    立派な跡継ぎになったね。


    彼女だけじゃなく、私も、みんなも
    巡礼中にぐゎんぐゎん揺さぶられた。

    そして今がある。

    いつの日か彼女は家を継ぎ、
    私は会社を辞めることにはなっていたのだろうけれど
    巡礼が、起こるべきコトがおきるのを速めてくれた。

    忘れられない2008年の夏。

    また巡礼お話会がしたくなってきたな〜。


    お漬物屋さんの離れ。 本日の会場。
    10年物の糠!
    ブルーのエプロンが糠床先生。
    生姜味の漬物バーガー。チーズとトマト、そして、クルミ入りのマヨが美味!



    小さきものたち

    • 2015.06.06 Saturday
    • 22:20
    6月6日(土)晴れ/曇り 一時☂

    このところ毎日めだかさんのお家に遊びに行くのが日課の
    社長さんと副社長さん。

    今日はお迎えが遅れたから
    怒ってるかなぁと思いきや、
    あまりに遅いので不安になったようで
    甕の上の方でお迎えを待ってた。

    平謝りの私。
    かわゆし。
    一緒に住みたいなぁ、と思う今日この頃。


    ↑天気の良かった朝の写真。


     

    よかった、ありがとう。

    • 2015.06.05 Friday
    • 22:35
    先日頂いた
    良い眠りにつく為のおまじない。

    一日を振り返って
    こう言ってみる。



    が、どうしてもそうは思えない日は
    パラリと裏っかえして・・・


    A10ドーパミンが出ると細胞の疲れを取る。
    A6 ノルアドレナリンが出ていやだなと思うと命を縮める。

    あ〜、こんなことを考えたら眠りの質をむしろ下げるね。


    もう寝ましょう。

    おやすみなさい〜。




    EUフィルムデーズ

    • 2015.06.05 Friday
    • 21:40

    そろそろかなぁと思って調べてみたら
    とっくに始まっていた

    パンフには、
    映画で旅するヨーロッパ
    と書かれてた。

    まぁ、そうかも。
    しばらく行ってないし。

    会場は東京国立近代美術館フィルムセンター。
    いつからかは知らないけれど毎年開催される。

    日本初上陸映画も多いので楽しみ。
    そして、ここに行くときはもう一つお楽しみがくっついてくる。

    このフィルムセンターからほど近いところに、
    白木屋傳兵衛という江戸箒の店がある。
    ここが非常に楽しい。


    ***********
    6月3日(雨のち曇り)

    映画「メイド・イン・ハンガリー」ーハンガリー 
    *はりみ2つ購入。


    メイド・イン・ハンガリーは
    レトロ・ロックンロール・ミュージカル(そんなのある?)だった。

    映画の前後に主演のサボ―・キンメル・タマーシュさんも現れ、
    質疑応答など。 

    「共産圏時代を良く知らない? 
    うらやましいねぇ
    といいつつ僕も良くは知らないんだけど
    知らないはずなんだけど
    (体のあちこちをさわりながら)
    ここにね、しみついてるだよね」

    とおっしゃったことに深く共感してしまった。

    共産圏の生まれじゃないけど、
    私もしみついてる気がする時がある。
    なんでだ?


    映画の中の主人公ミキは、
    ”どこででも自分らしく生きることはできるよ”、
    ということを伝えようとしているように感じた。
    サボ―・キンメル・タマーシュさんとハンガリー大使館の方(通訳)
    中津川箒と本日購入のはりみ。

    6月4日(晴れ)
    映画「ロックス・イン・マイ・ポケッツ」ーラトビア
    *シルクのはたき購入。

    基地・外の人が親戚にいるなんて言ってはダメ。
    これは内緒のこと、
    と言って育てられた主人公もまた
    うつ病や自殺衝動と戦うこととなる。

    人の人生はどこまで遺伝で決められ、
    どこまでそれを自分でコントロールできるのか?

    とってもシュールな大人のアニメ。

    いとこはどんどん自殺していく。

    彼女の夢の中に出てくるおばあちゃんは
    いつも川に身を投げようとしているのだけれど、
    ポケットに石を入れるのを忘れているから
    浮かび上がってきてしまう。
    ずっとそう思っていた彼女は
    最後のシーンでおばあちゃんに
    石を差し出す。
    すると、おばあちゃんは
    こんなものを入れたら死んじゃうじゃない!
    ともらった石を全部川に投げてしまう。

    人生を決めるのは自分。
    遺伝とうまくつきあいながら
    自分らしく人生を全うしていくことはできる、
    と言っているような。

    こちらは字幕を追うのに精一杯なところがあり、
    もう一度どこかで観てみたい。

    シルクのハタキ!



    ザ・二人三脚!

    • 2015.06.03 Wednesday
    • 00:11
    6月2日(月)晴れ

    今日も良きお天気。

    このところひらやさんはお休みなし。

    ご苦労様です。


    対して、

    私は公園や自宅で

    ゆっくりしている時間が圧倒的に増えた。


    そのお蔭で、

    あのお方や、このお方とお知り合いになれたり、

    あんな商品やこんな商品に出会えたり、

    えー!!っていう企画が浮かんできたりする。


    これこそが、ザ・二人三脚!


    やっとやっと上手に出来るようになったね。

    頭をからっぽにしてみると・・・

    • 2015.06.01 Monday
    • 19:45
    最近の私のテーマは、
    「やりたいことを淡々と」。
     
    ブログはそこからとーっても外れた存在だったのでお休みしてました。
    しかし、最後の更新から3か月以上も経っているとはびっくり!
    結構おもしろい3か月だったのですが・・・。

    まぁそのお蔭でまた書きたくなってきましたよ〜。

    今日からしばらく日記のように書いてみたいと思います。
    *****************************
    6月1日(月)晴れ

    家を出てすぐの所に貼ってある映画のポスターに目が行く。


    「アラヤシキの住人たち」


    最近自転車のことが多いから、見逃してたかな。
    いつからそこにいらっしゃったのでしょうか?
    とりあえず、はじめましてデス。

    その後、近場でランチ。
    食べ終わって外に出たら、また同じ映画のポスターがいらっしゃる。
    しかもダブル!

    ちょっと遠回りしてその映画を上映している映画館の前を通ってみたりして。

    「本日映画デー1000円」

    あ〜、今日は1日でしたね。
    観ようかな。

    と、いうことで急いで用事を済ませ映画館に舞い戻ったら上映1分前(^_^;)。
    滑り込みセーフ。
    ほぼほぼ満席。
    映画デーって皆様よく知ってらっしゃいましたね。
    普通知ってるのかな?
     
    ともかく、どうにか座れた。
    見始めてわかったのは、
    これは「アラヤシキ=新屋敷」に住む人たちの日々が淡々とつづられている
    共働学舎*注1の映画だってこと。


    ちなみに、ひらやオープン当初から使っている
    トイレットペーパーも共働学舎さんのもの。

    1ロールが130mと長く、そのため替える頻度が少なくて済む便利もの。
    *ひらやで1個売り始めよう!と本日決めました。気になる方お声掛けください! 
     2400円で32個入りなので、1つ75円デス。

    さて、この2年ほど頻繁に通っている熊本で
    いつの日からか頻繁に訪ねるようになった場所がある。

    事の発端は、従姉がアファメーションの神社(大江神社といいます)に連れて行ってくれたこと。
    初めて炒ったその場所は、なんともウェルカムな感じで一瞬にして大好きになる。

    そして、ある無料サイトで、
    ↑ひらがな全角入力必須。ぜーんぶ、ぜーんぶ、ひらがなでね!!

    そこが「昇殿の相」といって、
    私に最大の幸運をもたらしてくれる場所だということ、
    後付けで知ることになる。

    その地名は新屋敷(しんやしき≒あらやしき)。

    今日の映画は呼ばれた感、満載。

    先日、頭をからっぽにして生きるといいよと言われ、
    私なりにやってみた。

    なかなか上手にできたかな?

    とよふく眼鏡のお蔭かもしれない。

    いろいろな出会いに感謝な一日。

     
    「アラヤシキの住人たち」ポレポレ東中野で上映中!
    *注1共働学者:高度経済成長の終焉を迎えたといわれる1974年、自由学園の教師だった宮崎眞一郎氏により創設。
       農業、酪農、工芸などを生活の基礎とした共同体として、いまも各地に根を下ろしている。

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